細川ガラシャの人生

父、明智光秀の謀反に始まり、
最後には、非業の死を遂げた細川ガラシャのお墓が、
熊本市・泰勝寺にもあります。
細川護煕元首相の婦人、
佳代子氏は、同じ敷地内に在る母屋の二階から、
毎朝、そのお墓に手を合わせてお祈りをされています。
ある日、「私の人生は、幸せだったのよ。」と佳代子氏の身体の中から、
細川ガラシャの声が聞こえてきたそうです。
この言葉には、佳代子氏も以外だったとか。
私も可哀想な不幸せな人生を送った女性だと思っていましたが、
人を見た目だけで判断しては、相手に対して失礼な事だと思いました。
散りぬべき時知りてこそ世の中の 花も花なれ人も人なれ
細川ガラシャの時世の句として有名ですが、
この句は、旧熊本藩主細川家18代の末裔にあたる細川護煕元首相が、
1994年4月佐川急便グループからの1億円の資金流入に端を発し、
国会が空転した責任を取る形で首相退陣した時引用した事でも知られて
います。